2013年07月02日

昔から別府は特別扱い。


江戸時代の別府って天領と藩領に分割されながら平和な農漁村として歩みを続けていた。

温泉に関する記録は1694年に「豊国紀行」に詳しいが、

1783年に当地を訪れた古川古松軒の「西遊雑記」からも、別府八湯の状況を知ることができる。

1810年に伊能忠敬は測量した跡が流川4丁目にあるが、別府が温泉場としてにぎやかになるのはこの頃からである。

明治になってまず海の玄関口波止場が改築された。

1871年に完成した港は日田県令松方正義の提案によるもので、

北浜の波止場神社境内に記念碑が立っている。

って考えると江戸時代というよりも明治時代がメジャーになった温泉地区なんだね。


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Posted by なかちゃん at 16:15│Comments(0)大分散策
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